2008年09月27日

キープクリーン stone town

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大事にしたいです、きれいなストーンタウン

そして
ほんとはもっときれいにして欲しいです、ストーンタウン






よく見るとこの街、とってもゴミが多い…
路地の隅っこには生活で出たゴミが吹き寄せられていて、それを漁るカラスやネコも多い…

お粗末な衛生意識のおかげで、子供から大人までみんな平気でゴミを道端に捨てる悪しき習慣があるタンザニア。

ここに暮らす住民自らの手で街が汚されています。
それでもこの街は世界遺産に登録されました。
ゴミが多いという理由で未だに富士山は未登録だっていうのに…

富士山が少し不憫…

日本ではここもここもと名乗りを上げ地域住民も一緒になって世界遺産認定を懇願したりしますが、もっともここストーンタウンはちょっと事情が違う様子。

地域の住民にとっては世界遺産認定は別に悲願するようなことではなかったような気がしてなりません。
のんびり静かだった島に観光客がどかっと訪れるようになったとか、思うように建物を建てられないとか、前と同じようにゴミを捨てただけで外国人に冷たい目線でみられるとか
実際にそこに暮らす人達にとっては、手放しでバンザイというわけではないみたいです。

ということで、なおさら富士山が不憫…


見るからに生活感に埋もれた世界遺産の看板
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もはや市民の眼中には全く入ってません。
どこか控えめに申し訳なさそうに立っているように見えてきます。


さて、今日もネットカフェにやって来るまでいつものように半分迷子になってきました。

迷子といえば思い出すのがマサイのジェームズ
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ある日、ホテルまでの道が分からなくなったと言って道案内を求めてきました。

Kupotea njia ndiko kujua njia. 道に迷うことこそ道を知ること

スワヒリのことわざを自ら体現したジェームズ
一体何を思って外国人に道を尋ねたのか今もって分かりませんが、ホテルに着いてホッとした表情をとりあえず一枚。
帰りは大丈夫だったかな?


いよいよ
長かった断食月も来週火曜日でおしまい

一ヶ月間これといって体調に変化があったわけでもなく、終わってみればまぁこんなもんか、という少々あっけない感じの今日この頃。

何をかくそう、陽も昇った朝7時にしっかりパンとか食べてたんで…
みんなには内緒にしてますが、ぶっちゃけ昼飯だけぬきのプチ断食でした。
それでも夕方の「食べたい飲みたい」っていう欲求にはひたすら耐えてきました。

さて、
水木は断食明けの祝日です。
なんでも、来週は街をあげて昼真からお祭りがあるようす。
「一日中食べまくるお祭り」とか聞いてます。
ストーンタウンもきっと大いに活気づくはずです。

すっかりしぼんでしまった僕の胃袋と同じく、へっちゃらな顔してる人々でもその日を待ちわびてたんですね、やっぱ。

来月は好きなときに堂々と食べれる…
痩せてもないのにリバウンドしそうで、早くも食に対する自分の自制心に不安が募ってます。



ラベル:ゴミ 迷子
posted by たいよう      at 23:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

歴史のまち stone town

これまで何度か登場しているストーンタウンは、島の西側に位置するザンジバル(ウングジャ島)の中心地です。

島の歴史を今にそのまま伝えてくれる街並みはそれ自体が一つの博物館のように美しくて、白黒写真の中にタイムスリップしてしまったようです。

この歴史ある旧市街全体が ‘生きた遺産‘ として世界遺産(文化遺産)に登録されています。

一辺約1kmで形作られている三角形のエリアこそがストーンタウン
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衛星写真で見ると、色とりどりのトタン屋根をつぎはぎ風にぎっしり敷き詰めたように見えます。

病院がその一角(地図下の方のMNAZI MMOJAと書いてある左側の建物たち)にあるので、仕事の後はだいたい毎日ストーンタウンの中をうろちょろ歩き回ってます。
中に入ると同じような眺めが延々と続いていて、巨大な迷路に迷い込んだかのような不思議な気分になります。
まるで毛細血管のように縦横無尽に伸びる路地。
いつも通る道から気ままに路地へ入り込めば、未だに見たことのないような道が自分を中心にどこまでも無数に広がります。

知ってるようで知らない道ばかり。
未だに方向感覚を奪われいつまでたっても迷子になってばかり、でもそれはそれでストーンタウンの楽しみ方の一つです。

たとえ迷っても同じ方向に5分も歩けばどこか知ったところに出るお手頃サイズの街は散歩にうってつけでもあります。


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道幅はだいたい2mくらい。細いところになると50cmくらい。
迷路のように入り組んだ細い路地にはもちろん車は入り込めません。

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サンゴ礁の成分を使った白壁が特徴のアラブ風の建物がところ狭しと軒を連ねています。
ずっと昔に建てられたものですが今でも民家として多くの人が暮らしています。

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凝った彫刻で見る者の足を止めるザンジバルドア
アラベスクが緻密に彫り込まれています。
ちょっとずつ趣の違うドアが街中に何百と散在しています。

ストーンタウン内でもちょっとずつ雰囲気が違っていて、観光客向けのホテルやカフェや土産屋が立ち並ぶエリア、ひたすら生活感のにじみ出たローカルなエリア、学校が多いエリア、市場エリアなど、歩いてるうちに少しずつ表情を変えるさまも観ていて楽しいです。


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とあるホテルのロビーに飾ってある写真です。
75年前の写真ですが、今とそっくりそのまま変わらない街並みを見ることができます。

それは、世界遺産として街の景観を変えずにずっと保ってきたから。

きっとこれから先75年後もこの街は同じように白亜(だいぶ黒ずんでるが)の堂々とした雰囲気をたたえていて、自分がヨボヨボになっても孫や曾孫に「じいちゃんはこの道を毎日歩き回ってたんだよ」って話して聞かせることが出来るのかと思うと、なにか感慨深いものがあります。
ラベル:世界遺産 迷路
posted by たいよう      at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

スワヒリ語講座@ 〜名詞編〜

Hujambo?(元気?)で始まり Tutaonana kesho(また明日)で終わるスワヒリ語の挨拶。 
Assalaam aleykum(あなたの上に平安がありますように)で始まり Insha allah(神がお望みなら)で終わるアラビア語の挨拶。

タンザニアは挨拶大好き社会。
歩いていると知らない土地であっても必ずどこかから声を掛けられます。

知り合いが通れば必ず声を掛ける人見知り知らずなタンザニア人。
人と話しをすることが好きなタンザニア人の国民性は、今や自分の頭の中に定着してしまったとにかく陽気なイメージの原点でもあります。

おかげで人と話をする機会に恵まれ、話せば話すほど語学力のすそ野が広がっていくような気がします。
教科書で頭に入れた英語は、スワヒリ語以上の語彙力はあっても自分の中で会話としてはどうもうまく使えない言葉でして。。
そう考えると、会話こそがやっぱり語学習得の一番の近道なようです。


スワヒリ語はシンプルランゲージと呼ばれるだけあって簡単な言語の部類に入ります。

思うに、
 英語と同じアルファベット表記(ただしQとXは使わない)
 子音と母音がセットになっているので、ローマ字読みで発音できる
 アクセントの位置がだいたい語尾から2番目の母音に決まっている
 複雑な熟語表現が少ない
 同じ意味の言い回しが英語や日本語みたいに多くない
 頭に残りやすいおもしろかわいい発音の単語がいっぱいある
スワヒリ語が簡単と思える理由はこんなところです。

ただ1つコツが必要なのが名詞の使い分け。
ドイツ語には男性名詞、女性名詞、中性名詞の3つの分類がありますが、スワヒリ語では7つ!のクラスに分類されています。

そのクラスに応じて、複数形への変化の仕方、目的格(〜に)、所有格(私の、彼らの…)、of(〜の)にあたる定冠詞表現、allにあたる表現、「ある」という存在の表現、形容詞、数詞などが1つ1つ異なる形をとります。

しかも、同じクラスの名詞でも単数形と複数形でさらにそれぞれ形が変わる…
こればかりは覚えてないといけない厄介なものです。

最初はこのルール自体を理解することができなくて、どろ沼にはまりました。

・「この人mtu huyu」や「このミカンchungwa hili」の「この」という代名詞が7クラス × 単複2通り
・「ボール1つmpila mmoja」や「ベッド1つkitanda kimoja」の「1つ -moja」という数詞も7 × 2
・「よい村vijiji vizuri」や「よい水maji mazuri」の「よい -zuri」という形容詞も7 × 2
・「私の子供mtoto wangu」や「私の名前jina langu」の「私の -angu」という所有格も7 × 2
・「鉛筆があるkalamu zipo」や「窓があるmadirisha yapo」の「ある -po」という存在を表す表現もまた7 × 2

など

スワヒリ語話者は頭の中から無意識にこういった変化形が出てくるようですが、慣れるまではいちいち変化表↓を頭の奥から引っ張り出して考えながら話すor聞く必要があります。
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スワヒリ語独特の言語感覚かと思ってましたが、きっと日本人が無意識のうちに一個二個、三本四本、五枚六枚、、と数詞を使い分けているのに近い感覚なのだと思います。


名詞というややこしいものを理解するのに時間がかかりましたが、多少間違ってもなんとなく分かってもらえるのでとにかく間違いを恐れず話しまくるのがキモです。
外国人が妙なイントネーションで話すカタコトのニホンゴには思わずふき出すことがありますが、スワヒリ語に関しては間違っても笑われるといいうことはほとんどなく、安心して間違えてOK。

というか間違えたほうが早く覚えます。
そして名詞さえ押さえればあとは簡単!


どうしても名詞が分からなければとりあえず英単語の語尾をiにすれば大丈夫です。
この形にしてしまえば、外来語クラスという名詞のクラス1つだけで会話ができます。

ホスピタリ、ペットボトリ、エアポーティ、ベースボーリ、ハンバーギ、アットマーキヤホードッティコミ…

名詞で困ったら、なんでも語尾を i に。
意外とちゃんと通じます。
posted by たいよう      at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

BISSMILA! いただきま〜す

18:30
断食解禁の合図アザーナがモスクから鳴り響くこの時間を過ぎると、街中すこし閑散とした雰囲気に包まれます。
きっと家でいっせいに食事を始めているんでしょう。

Mama mtilie
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断食の月にだけ街中いたるところで広がる光景です。

ママ(オバちゃんという意味)たちがバケツに入れていろんな食事を持ってきて路上で食べさせてくれる夕暮れ時のオアシス☆
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定番はご飯の上に大雑把にドバッと具をかけただけのネコマンマ風ご飯。
これこそがザンジバリアンのリアルな食事です。
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このスープ、主役は豚足ではなく牛足。
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宗教上の理由から豚肉は一切ないので、牛の足をまるまる煮込んで作ってあります。
スープはまるでとんこつような風味。 泣けます。
かじってみると豚足以上にコラーゲンたっぷり。
関節の作りとか靭帯とかつい気になってしまうのは職業病でしょうか。

若者にまざってまさにこんな感じの食事風景
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清潔とは程遠い世界だけど、安くてうまくて楽しくて、時間になると足が勝手にMama mtilieに向かってしまいます。
ここの雰囲気、大好きです。


こっちの人はよく自宅での食事に誘ってくれます。

「今日うち来るか?」「次はいつ来るの?」

そんな言葉に誘われて、知り合いに呼ばれたら遠慮なくごちそうになります。
どこの家族も、知らない外国人が急遽夕食にやってきても「KARIBU(どうぞ)!」と温かく迎えてくれる優しさがあります。
帰り際にも「KARIBU TENA(また来てね)!」って声を掛けてくれて、ほんと感謝感謝。

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Ndizi(ジャガイモみたいな味と食感の調理用バナナ)、Mhogo(キャッサバ)、Maharage(豆)、Mchicha(ホウレン草みたいな菜っ葉)、Sambusa(揚げ春巻き)、Kachori(コロッケ風)、Andazi(揚げパン)、Chapati(チャパティ)、Samaki(焼き(揚げ?)魚)、Mchuzi(トマト風味のシチュー)、Pilau(ピラフ)、Ughali(ウガリ)、Uji(ウガリスープ)、Chai(紅茶)、Juisu(果物ジュース)
どれもタンザニアの定番家庭料理です。


Mama mtilieも家庭料理も

 みなと同じようにあぐらをかけば自然と目線が同じ高さになり
 同じように手で食べればママたちの温かさを手で感じることができ
 同じペースで同じものを食べれば会話も自然と生まれてきます。

雰囲気を共有して食べれば、同じ料理が舌の上に載ってても不思議と断然おいしく感じます。
「Tamu sana. (うまい)」
うまくて仕方ない。
そして、そんな自分がザンジバリアンにちょっとだけ近づけたような思えて嬉しくなります。


ふとした時に
「お前はもうザンジバル人だな」
なんて言われると冗談でもやっぱり気持ちが明るくなります。

ザンジバルが好きだからというだけでなく、周囲に認めてもらってるということを感じるからです。

誘われて行ったところで、イスに座ってスプーンを使って英語で会話をしていてはいつまでも理解できない「何か」があり、同じく、理解してもらえない「何か」があるはず。

逆に、温度差のない生活をすればそれだけ周囲の人もザンジバルに住む人間として認めてくれるわけで、断食してると分かれば嬉しそうに「何日目だ?」と聞き返してくるおじいちゃんあり、カンズーを着れば「似合ってるじゃないの」と嬉しそうに褒めてくれるおばちゃんあり。

そういう小さなことから地域に溶け込んでいます。

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posted by たいよう      at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

Ramadhani

断食開始から2週間
ダルに行ったときや休日たまに家でゴロゴロしてる日以外は、朝から晩まで文字通り飲まず食わずの生活を送ってます。

そもそも、この断食Ramadhaniというものは…

・預言者モハメディが始めたといわれている
・イスラム教徒の中では「神聖な月」にあたる
・まる1ヶ月間続く
・日の出から日没までにあたる4時〜18時半までは、食べ物はもちろん、水などの飲み物も一切禁止(敬虔なイスラム文化域では唾を飲み込むことさえ禁じられているが、ザンジバルはそこまでは厳しくない)


なぜ断食をするかということについては、いろんな人に聞いてみましたが今のところこれっていう返事は返ってきません。
 「神(=アッラー)の命令だ」
 「神が人々に我慢を与えている」
 「ご飯を抜くことでお腹や体が強くなる。毎食たくさん食べるのは病気の元になるんだ」
聞くひと聞くひとちょっと困ったような表情を浮かべ、とにかく神が決めたことだからダメなんだよ、って感じの受け答えが目立ちます。

「他教徒は隠れて食べるべし」
この期間、肩身のせまい思いをしているのはごく少数派のキリスト教徒。
マイケルもその一人ですが、人目につかないようこそっと食べたりしているようです。
なんでも、警察に見つかると捕まったりしてややこしくなるとかならないとか。
というか警察が宗教的な規制をしているというのもちょっとした驚きです。


ここで断食前に思い描いていた勝手なイメージを振り返ってみると…
・半脱水状態でみんなグッタリ
・路上で飲み食いする観光客への刺すような視線
・夕方に近づくにつれ殺気立つ街
・夕方の合図とともに食べ物にガッつく群衆

思えば、こんな感じで最初はしっかり身構えてました。
そして半分が過ぎた最近になってふと思ったこと。

断食だ断食だって意気込んで、勝手にカウントダウンまでして緊張してたのはひょっとして自分だけだったんだろうか

食べ物屋のシャッターが閉まってるだけで街のノンビリした雰囲気はいつもと変わらないし、チャイ(昼休みのお茶の時間)がないだけでみな同じように過ごしてるように見えるし、夕方になっても特にカリカリした気分になるでもないし、時間になったからって待ってましたとばかりにガッつく人もあまり見かけないし。
確かに、昼間木陰で横になってひたすら時が過ぎるのを待っているようなおじさん達を見かけることはあるけど、改修工事の大工達は前と同じように働いてます。

「どうなってるんだろう。みんな早朝から何も食べてないはずなのに」
夕方になる度にひもじさと喉の渇きとに耐える自分とは裏腹にケロッとしている周囲に対して、そんなことばかり考えてました。

でもそれも「すぐ慣れるさ」っていう大工の一言であぁそうかって納得。

かれらは子供の頃からこれまで何十回も断食を経験してきていて、いつとなく体が慣れきってしまっているようです。
イスラムという宗教がすでに生活のベースになっている人にとって、祈りが生活の一部であるように断食も生活の一部。
「今年もまたこの季節か」とか「1年はあっという間だな」とかくらいな感覚なのかもしれないと知りました。

断食。
旧暦に従って時期が少しずつずれていくそうで、年によっては一番暑い時期に重なってしまうこともあるとか。
かわいそーに…

断食。
今年はたまたま一番涼しい時期にあたったからいいようなものの、暑い時期には想像していたような風景になるのかもしれません。

ラベル:断食
posted by たいよう      at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

観かた変わって

チャリ買いました。
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安心と信頼の MADE IN JAPAN
「兵庫373221」盗難にあっても大丈夫な防犯登録付き(すでに盗難車かも…)
いつ盗まれるか分からないので、シンプルに「1号」と命名しました。

ダラダラで15分かけて通っていた片道約5キロの通勤路。
アップダウンやデコボコ道があるので、チャリだと近道通っても20分はかかります。
前任の女性はむしろ自転車のほうが早いって言ってたようで、どんな脚力してたのかすごく気になります。
毎日チャリ通勤してたら、帰るころにはダラダラを抜き去るような脚力になるのかな?

にしても、だいぶへたれを実感してます。
今まであまり歩いてなかったのと日ごろの運動不足のせいで、片道でもかなりの息切れ。
太ももがピクピクなります。
本当に疲れる。帰ってくるとすぐ横になりたいくらい疲れる。

疲れるけど

気持ちいいです、チャリンコ。


お世辞にもピカピカとは言えない相棒にまたがって走り出せば、ダラダラで通いなれたいつもの通勤路でも街はこれまでとは違ったイキイキした表情を見せてくれます。

 インド洋の海風を体中に感じます。
 「中国人!」と子供たちがはしゃぐ声が聞こえてきます。
 おばちゃんたちの井戸端会議が聞こえてきます。
 マーケットの喧騒が聞こえてきます。
 アスファルトのありがたみを感じます。
 そばをかすめて行くダラダラの恐ろしさに気づきます。
 ダラダラの排気ガスにやられます。
 悪路では3日でパンクします。

そして
よく見るとなにやら変なモノがたくさん目に飛び込んできます。


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はまったら最後、もう二度と抜け出せないアリ地獄的な床屋さん
なぜかMEGUMI似

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客よりネコが多い魚市場
節度あるネコが多く、毎朝ちゃんとお座りしておこぼれを待ってます

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ジブリな巨大トラック
騒音とススの量がハンパでないけど、まだまだ現役です

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ラマダン中に営業と噂されるさびれた遊園地
脱線寸前のジェットコースターあり
アシカやキリンに乗れるメリーゴーランドあり
推定所要時間2分の観覧車あり

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SEMA TAMU = うまいと言え
その恐喝的な態度がたたってか、つぶれてしまいました

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クルマのパーツ屋さん
なんかミニ四駆とかいっぱい売ってそうです
見れば見るほど「唐模」風な佇まいです

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目つき悪いゾウ
何のため、誰のためにあるか不明
厳重に有刺鉄線で守られてる理由も不明

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自動車ならぬ不動車
とはいってもこっちではまだまだ現役の一台

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家のすぐ前に広がる光景
どこからともなくやって来て日中は放し飼い状態で草食べてます
ウンコが大量に落ちてるので、暗くなってからは要注意

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病院のすぐ前にあるマイルストーン
島の北部ムココトーニまで23マイル、東部のチュアカまで20.5マイル、空港近くのチュクワニまで6.75マイル
そしてロンドンまでは8064マイル


道を一本変えるだけでまた違った景色が広がってるし、時間帯によっても雰囲気がガラリと変わるので全く飽きません。

目線の高さはダラダラとそう変わらないのに、ガラス越しでは感じられなかったいろんなエネルギーを直接肌で感じることができます。
現地民の生活にグッと近づいたような気がして、ワクワクな毎日。

運賃節約できて筋トレできて、しかもワクワク
たとえ疲れても いいですよチャリ。

ちなみに、乗り始めて5日目の今日、初めて筋肉痛が来ました。
コレは イツの 筋肉痛 かな … ?
posted by たいよう      at 21:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

ところ変われば

同期の仲間8人とも久々に再会し積もる話で盛り上がりました。
話聞いたり写真みせてもらったり。

アフリカでの生活は大変なはず、と漠然と思い込んでたからいつの間にか 
今の自分の生活 = 大変に違いない 
と思い込んでたけど、上には上(下には下?)がいつもいるわけで…

国内北の端から南の端までみんなすごい生活ですよ。

特に南東部…


ネズミを食べる食文化に挑戦してみたとか、水も電気もないとか、赴任してから一度も雨が降ってないとか、自分で作らないとまともに食べれるのもないとか、その他いろいろ。

聞けば聞くほどがんばってんなぁ…って。

こうなるともう、カシムやスレイマンを見てスゲーなぁと思う憧れの感覚に似てます。
そして、そんな生活にも慣れたと話す姿は、断食なんてとっくに慣れたよと話すタンザニア人のたくましさにも似ています。

「アフリカに住んでる」といえば聞こえは壮大ですが、「アフリカに住んでるって自負はあるよ」なんて、正直、ザンジバル生活ではそんなこと胸張って言えない雰囲気が少なくとも隊員内ではある分、それをサラリかつ説得力たっぷりに言ってしまえるのもタフな南東部隊員ならではだと感心します。

もともといい暮らしを想像してアフリカに来たわけではないので、できるできないは別としてブラウン管でしかみたことのないような土くさい生活・経験をしてみたいっていう思いは今でも持ってます。
それに比べれば、今の生活はその分なんとなく甘っちょろくてちょっと物足りないような気がしていたのは事実。


大体のモノは手に入るし生活レベルはかなり恵まれているザンジバル
 ここでよかったという思い半分
 本当にタフな体験はできないっていう少し残念な思い半分

また例の複雑な ナイモノネダリ を抱えて帰りのフェリー(また)に乗り込んだのでした。

そんな南東部隊員が2人、夏祭りのクジ引きで見事ホテルの豪華食事券を当ててました。
クジが人を選んだというか、いつでも食べに行ける人よりよっぽど価値ある当たりです。
おめでとう。


それにしても、やっぱりワイワイできる時間は楽しかった。
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一人ひとりが何事にも全力でぶち当たってるのを感じて、自分ももっとできることがあるんじゃないかってたくさん刺激を受けた充実の4日間でした。
アフリカ人が長い年月をかけて少しずつ知恵を得てきたように、今この瞬間にもそれぞれの隊員が生活の中で、そして活動の中で、いろいろ工夫をし知恵を働かせています。

前よりやせた体でもみんなひと回りおっきく見えてしまうから不思議なものです。
久しぶりに朝まで話してたいなって思った濃い日々でした。


そんな週末もあっという間にすぎ、今日からまた少しずつ忙しさを取り戻してきた仕事と断食に追われる日々です。

空腹に耐えながら5日ぶりに働いてみて思いました。
そして自分に言い聞かせました。

 やっぱこっちも甘っちょろくはないぞっ…

ラベル:上には上 タフ
posted by たいよう      at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上ダル

週末は4ヶ月ぶりにダルエスサラーム行って来ました。

もう二度と乗るまいと決めたはずのフェリーに乗ってしまい、またまたひたすら揺られること2時間。
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手続きの楽さに負けた自分と、船に乗ってしまえば断食も治外法権とばかりに豆を食べまくった自分を恨みながらも、吐き気を催す前になんとか到着できました。

アラビア語で「平和な港」を意味するDar Es Salaam、やっぱりでっかい街です。

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さすが250万人都市。人も多いし、車もとにかく多い。
ゴチャゴチャしてるのと普段の生活とのギャップとで、なおさら大都市に感じます。

いまだに地理がほとんどわからないので、ヘタに一人で外出すると帰って来れなくなる恐ろしいところ。
前も一度、ダラダラで知らないとこに連れて行かれてみんなに心配かけたので。


ダルに来た目的は年に1度の健康診断のためです。
採血と検便検尿さえ終われば、もはや結果が出るまでは恐いものなし。

ザンジバルと違い断食を大々的にやっていないので、ここぞとばかりにおいしいもの食べてきました。

JICAスタッフに中華をごちそうになり、ダル在住の日本人会の夏祭りでおでんやおにぎりをたらふく食べ、現地で生活している邦人に飲みに連れて行っていただき、ほんと、ごちそうさまでした。
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思いのほか日本人が多く生活してることを知って意外でした。


1週間の断食で胃がちょっと小さくなっていたようですが、すっかり元以上の大きさに戻ったようです。

食べる楽しみはまったく変わってなくて我ながら安心です。
posted by たいよう      at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

村めぐりの旅

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舗装路をそれ道なきジャングルをべスパで走ること20分
ニワトリ踏みかけたり、泥で滑ってコケたりしてなんとか辿り着いたのは、ヤシの木にうっそうと覆われた果物畑。

出迎えてくれたアリたち。
なんか運んでます。
気性が荒いので間違って踏むとガジガジに噛まれます。
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旅の案内人は、二妻の夫であり保健省職員でありシンガーであり大統領の友達でありザンジバル有数の空手家  
マルチなスーパーマン カシムKasim
病院によく顔出しては結婚式や昼ご飯に誘ってくれる優しい人です。
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はるか遠くの食べごろの果物を見分け、ヤシの葉っぱであっという間にパカーチャというカゴを編み上げ、お土産にパカーチャに果物を詰めて持たせてくれました。


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彼は街に住むカシムに代わって、畑に住み込んで手入れをしているスレイマン。
高いヤシやマンゴーやグァバの木にひょひょいと登ってはココナツや熟した果実を落とし、ナタ1本でココナツを器用に割りごちそうしてくれました。
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ジャングル生活の知恵というか、さすが、2人ともなんでも知ってます。
ここに1人残されたら生きていけない自分のちっぽけさを思うと同時に、この大自然の相手になんでも自分でできてかっこいいなぁとか、彼らがなんか羨ましく思えてきます。

出来上がったパカーチャ、 アフリカの知恵を感じます。
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こうして一歩街を出ると、ヤシの密度があっという間に高くなり道路も赤土の道が目立つ村があちこちに広がっています。

すごい暮らしだなぁとただただ感心するのは価値観があくまで自分基準だから。
ジャングルという彼らの庭の中では、ここで起こる全てのことは当たり前の出来事にすぎないようです。

生まれてこの方ずっと自然と半分一体となった生活を送ってきて木や土や生き物に慣れ親しんでる人って、こういう人たちを言うんだなと改めて実感するほかありません。

キトペニ村がそうであったように、モノはないけどやっぱりスレイマンも楽しそうに暮らしているように見えました。


土に触ることがなくなったのはいつからだったでしょうか
虫を捕まえるなんて、と思いだしたのはいつからだったでしょうか

いろいろ自分のことを思い出してみます。 

近所で木を拾ってきては秘密基地を作り、カブトムシやクワガタを飼い、セミを捕まえ、ヤゴを求めてドブに浸かり、シオカラトンボやゴマカミキリを1日中追いかけ…

20年近く昔のことだと思うけど、

ヤゴの柔らかい感触、カミキリの触角と体の模様、シオカラトンボのグラデーション、ささくれが刺さって出た血の鉄っぽい味、どこからともなく漂ってくる近所のカレーの匂い…

いろんな記憶が鮮明によみがえってきます。

むかしは自分もそんな毎日を過ごしてた、ただ、それさえいつしか忘れてたようです。


さて
何をかくそう、明日から1ヶ月間ザンジバルはラマダン(断食)です。
日の出から日没まで、水を含め一切口にすることができません。

せっかくイスラム文化に浸かってるから、これを体験しない手はありません。

今日からと思って一人でフライングしてしまいましたが、気を取り直して明日の朝から挑戦してみます。

ラベル:ジャングル 記憶
posted by たいよう      at 00:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ICU

普段外来ばかり診てますが、病棟でもリハしてます。
ここに入院してる人たちはある意味全員なんらかのリハが必要ですが、とても全員は無理なので病棟から依頼があった場合だけ顔を出します。

ICUから初の依頼が来ました。

ICUといっても、 インテンシブ・ケア・ユニット
ではなく、あれは イチオー・ケア・ユニット かな。

土足禁止で入り口で靴を脱いだはいいけど全開の窓から外気がガンガン吹き抜けてて
ネコやカラスが入って来そうで
心電図の電極は胸ではなく床に貼っついてて
アンビューマスクあっても酸素見当たらず
床頭台には繰り返し使うその人用の注射針が置いてあり
詰め所では看護師が机に座ってドカ食い

 食欲 > 緊迫感
重症だからイチオーICUいっときましょーか、といった感じ。
なにもかもテキトーなカンジはここも例外ではありません。

正直ここには絶対入院したくないと思いつつ、肺炎の患者さんに久しぶりの呼吸リハです。
8ヶ月ぶりくらい。

スクイージングを終え、ではでは吸引、といきたいところですが
吸引機が不調。
いつから使ってなかったのか、奥から取り出してきたポータブル吸引機はうなり声だけ立派でなかなか吸ってくれません。
それもそのはずチューブの接続部ユルユルです。
機械が今ひとつなら使い手も今ひとつ、そんな吸引機でも看護師は吸ったつもりになってやり遂げ顔なわけで…うーん、頼りない…

仕方なく自分で吸引にトライ。
看護師はユルユルを押さえる係。
日本で働いてたときさせてもらった経験があったので、それを思い出しながらいざ痰と一騎打ちです。

と、意外とすんなり入った、そして痰出た出た。
この瞬間こそ呼吸リハの一番の醍醐味ですね。

日本では、見るからに忙しそうな看護師に毎回吸引を頼むのは気が引けたり頼んでも後回しになったりで、なかなか積極的な呼吸リハとは言えないことが多くあります。
これって患者さんにとってもPTにとってもいいことなしです。
こっちは吸ってイイというよりはダメっていう決まりがないだけですが、それでもPTとしてできる呼吸リハの可能性は日本より広いかもしれません。

日本ではPTは吸引できるようにならないんでしょうか?


そういえば、先週ようやく当面のPT室が決まりました。
長かった…

今までは毎日忙しいことが当たり前でいろいろ考える余裕がなかったけど、いざその忙しさがある日突然なくなってしまうと、なんだか気持ちにぽっかり穴が開いたような感じでちょっとモチベーションが下がってました。
朝家を出ても仕事モードにならず、職場にいても「休みの日」的な感覚がどこかで無意識のうちに自分をコントロールしてるような。
「患者さん待ってるから遅刻できない」だったのが、
「リハないし他のスタッフも遅れて来るからおれもちょっとくらい遅れてもいいか」
これって、ちょっとした燃え尽き状態かなぁ。

やることがないというのはそれはそれで辛いもので、忙しくてもそれなりにやり遂げた感があった日々を今では懐かしく感じます。
同時に、またあのリズムで仕事ができるよういなるのかとちょっと不安になったりもします。

そんな中、待ってましたのタイミングでPT室が決まったことには、またこれから仕事らしいことができるという嬉しさがあります。

↓ 仮PT室
窓のない荷物置き場の診療台を使って、リハ再開です。
CIMG3253.JPG



2畳。

狭すぎ…

もともとが倉庫だったのでリハとは関係ない物も床に転がってますが、この箱よく見ると
CIMG3252.JPG

 ADRENALINE   …アドレNALINE   … アドレナリン  !?


これはこんなことして遊んでてもいいのかな?
CIMG3257.JPG
いや、きっとダメでしょ。

やっぱ、テキトーに例外はないのかなぁ。
posted by たいよう      at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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