一週間の連休の初日
15:50
タザラは、定刻に走り出した
しばらく窓の外を眺める
心地よい風とともに、景色が眼の前を流れていく
ダルの郊外といった雰囲気だった町の景色も、15分も走ればヤシの木ばかりが目に付くごく普通のアフリカの風景になってしまった
踏み切りを通るたびに子供たちが大きく手を振っている
週に数回しか通らない列車に向かって手を振るのは、子供たちの楽しみの一つなのだろうか
走行中だというのに、各車両のドアは振動でか風でか全開になっている
止まっていると暑いダルも、風を受けて走れば気持ちのいいものだ
抜けるように蒼い空と木々の緑
のしかかるように見下ろす積乱雲
どのくらい走ったろうか
窓の景色はほとんど変わらない
だがよく見ると、広葉樹の森やヤシのジャングル、サバンナと雰囲気をコロコロ変えていることに気付く
タザラ(通称タンザン鉄道)は、タンザニアのダルエスサラームと隣国ザンビアのカピリムポシを結ぶ寝台列車
タンザニアとザンビア共同で運行されている
ザンビアは世界的な銅の産出地で、かつては当時の南ローデシア(現ジンバブエ)を経由して南アフリカから輸出していた
1965年、南アフリカが行ったアパルトヘイト政策に対して国連が取った経済封鎖により銅を国外輸出できなくなったザンビアは、経済的苦境に陥った
そのとき新たな経路としてダルを輸出港にすることを目的として1970年に建設が開始されたのがタザラ
その援助に名乗りを上げたのは中国だった
中国の全面的な協力によって、全長1859kmにおよぶ鉄道は3年後に完成した
車両は中国製であり、敷石にも「中花人民共和国制」の文字が一つ一つ刻まれている
カピリまで約40時間
列車の速度でも3日かかる道程に、ひとつずつ石を埋めレールを敷き・・・
気の遠くなるような作業だったに違いない
そのレールの上を、タザラは快調に進む
レールが緩やかな弧を画くたび、遥か前方の機関車両とズラッと後ろに続く客車が目に映る
日が沈む頃
ついにケータイの電波が入らなくなった
遠くに来ている
どんどん日常から遠ざかっていく
今日はどうやら雲が多いようで月も星も見えていない
6人部屋の二等コンパートメント
座っている分にはいいが、横になるとなればかなり窮屈か
座った姿勢で目を閉じると、すぐに眠りについた
23:30
モロゴロに着く
同室のタンザニア人家族(父、息子二人)が降りてゆく
ここでお別れ
たいして言葉を交わしたわけでもないし一緒にいた時間も数時間なのだが、なんとなく親しい知人と別れるような妙なもの寂しさがある
一期一会を意識させる旅というシチュエーション、それともう二度と逢うことはないだろうというちょっとした感慨が、どこか感傷的な気分にさせるのだろうか
夜中降り出したスコールの中をも列車は突き進む
けっこうな速度が出ているように感じる
窓の外を見れば、どこかで輝いている月の明かりの中で山々の輪郭が浮かび上がっている
内陸に向かって走る列車は徐々に標高を上げているはずだ
コンパートメント内の気温も低い
建て付けの悪い窓からは雨が風が入り込んでくる
雨水に濡れた足はすっかり冷え切っている
機関車両の音は聞こえてこない
軋みやガタゴト音でなにかとやかましいこの列車だが、駅に止まってしまうと完全な静寂に包まれる
人気のない深夜の駅でははなおさらだ
かわりに、何百というヒキガエルや野鳥の鳴き声、鈴虫の羽音など、自然が奏でる音が聞こえてくる
それもなかなかに賑やかである
こういう音は、なぜか日本と変わらない
何もかもが日本と違うタンザニアで、ふと目をつぶれば日本の田舎の風景が迫ってくる
不思議な感覚だった